今年は6月の第4週から7月に亘ってネヘミヤ記を取り上げています。
彼の特徴は一言で言うなら、祈りの人であることが挙げられると思います。ネヘミヤの名前は「主は慰めたもう」の意味があるそうです。彼は他の人々を慰める人でもあったのでしょう。
ところで、ネヘミヤ記が書かれた当時、彼は捕囚の民として異国ペルシャにいました。そこで、王の献酌官の仕事をしていました。それは、王の食事の毒味係です。これは王との信頼関係が確立されてこそなされる働きです。
そのような時、一つの報告が舞い込んできました。それは、祖国エルサレムの城壁が崩され、門は火で焼き払われたということです。ネヘミヤは心配のあまり、性急に行動に移したでしょうか?そうだはありません。彼は約3~4カ月間祈りました。祈りながら王の前に出る機会を待ち望んでいました。
ネヘミヤ2章1節「アルタシャスタ王の第二十年のニサンの月に、」と
書かれています。これはBC445年太
陽暦の3月から4月に相当するようで
す。ついに王に自分の願いを申し出る
機会が与えられました。彼の思いを推
測すると、大変、緊張と勇気のいるこ
とだったでしょう。幸いなことに王の
側からネヘミヤに語りかけています。
ネヘミヤ記2章2節「……きっと心に
悲しみがあるに違いない。」それに対して彼は答えています。5節「…私をユダの地、私の先祖の墓のある町へ送って、それを再建させてください。」6節「…旅はどのくらいかかるのか。いつ戻って来るのか。」驚くべきことにネヘミヤを願い通り祖国に送り出してくれると言うのです。ここに、彼が祈った答えを見出すことが出来ます。考えてみますと彼は日常生活で祈りに取り囲まれていたのでしょう。私達も順境の時も逆境の時も感謝をもって祈り続ける人になりたいものです。そして、私達も祈りの祭壇を築き直し、あらゆる事柄に祈りを通して主に期待していける者とさせていただきましょう。
お一人お一人の歩みが祝福されますように。